2006年06月30日
私の自宅出産と病院出産♪
思い起こせば、12年前、
初めての妊娠が分かったとき、もちろん夫婦で大喜びだったが
かなり、のんびりと構えていたのを覚えている。
6ヶ月になるまであっちこっちで検診を受けてみたけどピンと
こなくて、「やっぱり助産婦さんを探そうかな~」と
探し始めました。
病院で産むという気持ちが、はじめからなかったのがなぜ
なのか、私にも分からないのですが、きっと15歳のときの
変わった経験があったからかもしれません。
水俣にいるころ、知人が自宅で主さんをするということで助っ人
として呼んでくれ、一緒に「出産」というイベントに参加した。
「命」の誕生を目の当たりにし、出産ってこんなに自然で、
ほのぼのと暖かいものなんだ、と感じてうれしかった。
そして、同じ女性であったからかとっても自然に受け入れられ
たのでした。そのときの私は、まきでお湯を沸かしたりしてた。
そして、わたしの出産といえば・・・・・・
アパートの1室でしかも1月1日元旦に生まれたのが
第一子「かんたろう」
県営団地に移って、茶の間で生まれたのが第2子「さらさ」


3人目は、私が36歳のときの妊娠。
今までとは違う「何か」があって、自信がなかったので、病院
で産むことにしていたのですが、案の定、生まれて何時間か
で感染症を起こし、小さな手に点滴をすることになったのでした。
私も20代のときとは違って、かなり疲れたよ・・・・
「病院での出産」にも興味があっし、ご飯もおいしかった。
自宅は自宅のよさがあったし、病院でも助かったし。
セミダブルの低いベッドがある、フローリングをお借りして、
助産婦さんと私の家族のみのみの阿蒜だったから、あまり
自宅と変わらなかったかもしれませんけどね。

お兄ちゃんが私の手を握ってくれてました。
「お母さんの力がすご過ぎて骨が折れるか思っていた」そうです。
お姉ちゃんは、「今、頭が出てきたよー」とか、「くびまででてるよ~」とか、
ちくいち報告をしてくれていました。
こんなにぎやかな中で生まれたのが次男「たけじろう」です。
初めての妊娠が分かったとき、もちろん夫婦で大喜びだったが
かなり、のんびりと構えていたのを覚えている。
6ヶ月になるまであっちこっちで検診を受けてみたけどピンと
こなくて、「やっぱり助産婦さんを探そうかな~」と
探し始めました。
病院で産むという気持ちが、はじめからなかったのがなぜ
なのか、私にも分からないのですが、きっと15歳のときの
変わった経験があったからかもしれません。
水俣にいるころ、知人が自宅で主さんをするということで助っ人
として呼んでくれ、一緒に「出産」というイベントに参加した。
「命」の誕生を目の当たりにし、出産ってこんなに自然で、
ほのぼのと暖かいものなんだ、と感じてうれしかった。
そして、同じ女性であったからかとっても自然に受け入れられ
たのでした。そのときの私は、まきでお湯を沸かしたりしてた。
そして、わたしの出産といえば・・・・・・
アパートの1室でしかも1月1日元旦に生まれたのが
第一子「かんたろう」
県営団地に移って、茶の間で生まれたのが第2子「さらさ」
3人目は、私が36歳のときの妊娠。
今までとは違う「何か」があって、自信がなかったので、病院
で産むことにしていたのですが、案の定、生まれて何時間か
で感染症を起こし、小さな手に点滴をすることになったのでした。
私も20代のときとは違って、かなり疲れたよ・・・・
「病院での出産」にも興味があっし、ご飯もおいしかった。
自宅は自宅のよさがあったし、病院でも助かったし。
セミダブルの低いベッドがある、フローリングをお借りして、
助産婦さんと私の家族のみのみの阿蒜だったから、あまり
自宅と変わらなかったかもしれませんけどね。

お兄ちゃんが私の手を握ってくれてました。
「お母さんの力がすご過ぎて骨が折れるか思っていた」そうです。
お姉ちゃんは、「今、頭が出てきたよー」とか、「くびまででてるよ~」とか、
ちくいち報告をしてくれていました。
こんなにぎやかな中で生まれたのが次男「たけじろう」です。

